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東京高等裁判所 昭和56年(ラ)103号 決定

抗告人

甲野一郎

右代理人

大蔵敏彦

相手方

乙山花子

右代理人

稲益賢之

主文

原審判を取消す。

本件を東京家庭裁判所に差戻す。

理由

一本件抗告の趣旨は、主文と同旨であり、その理由は、別紙「抗告の理由」記載のとおりである。

二そこで、原審判の当否について検討するに、およそ遺産の分割は、現物分割であると、価額分割であるとを問わず、遺産に属するすべての財産の価値を維持、保存しつつこれを共同相続人間に分割すべきものであつて、仮に分割の公平を図るためであつても、相続人全員の同意があるとか、特定の財産がすでに朽廃の状態に達しているなどの特段の事情のない限り、遺産に属する財産を毀損したり滅失させたりしてその価値を減損させる方法で分割することは許されないものであるといわなければならない。

ところで、原審判は、本件の遺産に属する財産である原審判書付録記載の建物(以下、「本件建物」という。)につき、これを抗告人の所有とするとしながら、その一階部分のかなりの部分(床面積において一階全体の三分の一以上に達する。)を昭和五九年六月末日までに取毀すべきことを命じているが、右取毀しは本件建物の価値を著しく減損させるものであるといわざるをえないところ、一件記録を検討しても、右時点における右取毀しについて相続人の全員(本件においては抗告人と相手方の双方)が同意しているとか、本件建物又は右取毀し部分が右時点において朽廃の状態に達するなどの特段の事情のあることは認められない。

しかも、本件建物の一部を原審判の命ずるとおりに取毀すことが建物の構造上可能であるか否か、また、仮にそれが可能であるとしても、右のような取毀しが残存建物の利用上重大な支障を生ぜしめないか否かの点について、原審判がこれを判断した形跡はないし、一件記録を精査しても、この点を確認することができない。

更に、原審判は、抗告人及び相手方に対し、その双方が費用を折半負担して右取毀し及びその後の応急手当をなすべきことを命じているが、その費用は相当の金額に達するものと推認されるところ、前記のとおり右取毀しに同意しているとは認められない相続人である抗告人に対してまで右のような性質及び金額の費用の負担ないし支出を命ずるのは相当でない。

そうすると、原審判は遺産分割の審判として本来許された裁量の範囲を著しく逸脱したものといわざるをえないから、抗告理由について検討するまでもなく、違法として取消しを免れない。そして、本件については、更に審理を尽させるため、これを原審に差戻すのが相当である。

よつて、主文のとおり決定する。

(川上泉 奥村長生 橘勝治)

〔抗告の理由〕

第一点 原審判は土地の評価に誤りがある。

一、抗告人の取得する丙土地の一平方米当りの単価を二六、八〇〇円と評価している。しかし同地上には建物があり、被相続人正雄の代からの賃借人山田良夫外が入居しており、その建物全体を占有している。

したがつて、抗告人が丙土地をたゞちに使用することは不可能であり、この評価は借家権の負担の控除を見落しているものといわねばならない。

二、一方相手方の取得する丁土地の一部である二四六番六の宅地(目録2の土地)の評価にあたり、乙山明雄に三分の一の使用賃借権があるとして、三、三〇七、九九三円を控除している。しかし同人は相手方の夫であり、相手方と同居して、同地上に居住しているものである。

その経緯は相手方が明雄と結婚するにあたり、被相続人夫婦の承諾をえて、その地上に昭和二八年相手方夫婦現住の家屋を建築し、以来今日まで無償で使用していたもので、しかもその家屋新築にあたり、相手方は亡正雄から当時四〇〇、〇〇〇円の贈与を受けていることは原審判の認定しているところである。

してみれば、本件遺産分割にあたり、その土地の評価額から控除する対象となる相手方の夫明雄の使用賃借権があるという原審判の判断は道理に合わない。明雄は相手方の夫という立場で本件土地を長期間無償で使用しえたという恩恵をうけていたもので、これが遺産分割にあたり相手方夫婦の利益に評価されることは誤りである。

第二点 原審判は建物の評価に誤りがある。

一、原審判は抗告人の取得する建物を、取りこわしを前提に一五〇万円と評価した。しかし、それに格別の根拠があるわけではない。原審判添付の図面をみてもうかゞわれるように、建物の南側に面した玄関、廊下、六帖間、茶室の全部または一部分を建物の構造を全く度外視して、一直線に切り取るというのであり、しかも一部は二階の外壁線すれすれに取り毀わされるのであるから、工法上可能かどうかも全く判らない。

抗告人としては、原審判に従えば、結局建物全部を取り毀さなければならなくなるのではないかと心配している。そうすれば評価は零となり、取り毀しの負担が増加するだけである。

かゝる審判をなす以上、建物の構造、かゝる取り毀しが可能か否かについて、さらに審理をつくさなければならないはずである。

抗告人はこのような無鉄砲な評価に納得できない。

二、なお、原審判のこの評価の前提として本件建物を三七七万円と評価しているが、これを借家権のないことを前提とした鑑定人の鑑定評価額であり、現実には前述のとおり本件建物には借家権の負担がついているから、この点についても原審判には誤りがある。

第三点 抗告人の受領している家賃についての誤り

原審判は、家賃は一ケ月一〇万円とし、これから家屋の維持管理費一ケ月五万円を控除し、実収入を一ケ月金五万円とするとし、昭和四八年六月分から八年間分の四八〇万円を抗告人が取得していると認定している。

抗告人は建物賃借人兼管理人山田良夫から家賃を受領していることは確かであるが、抗告人が現実に同人から受領しているのは乙第七号証のとおりであり、原審判の認定には、はるかに及ばない少額である。

原審判はこの点についても事実誤認がある。

第四点 原審判主文中に、「抗告人は昭和五九年六月末日までに、丁土地に跨り侵入する部分を取毀し、残余の家屋の切取られた部分に、壁などの応急手当をしなければならない。この取毀しと応急手当の費用は相手方と抗告人が折半して負担する」と命じている。

一、しかし前述のとおり、本件建物の取毀し部分の構造につき調査がなされていないのであるから、残余の家屋の切取られた部分の応急手当の工事内容、程度について全く不明である。

したがつて、当事者が折半負担すべきその費用額につき紛争が生ずることは明白である。

二、家事審判の目的が当事者に対し裁判所の形成した権利関係に従うことを命ずるものである以上、それが一義的に明白でなければならないはずである。

しかるに、この審判は右の点につき全く不明確であつて、徒らに当事者の紛争を惹起させる恐れのあるものであつて、取消さるべきものである。

目録〈省略〉

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